24(連載中)
その日の夕方。
仕事の前に、みんなに休憩室に集まって貰った。
非番の女の子や、仕事が終わって寝ている子は除いているので全員ではないが。
その場で、探偵から聞いたことを掻い摘んで説明する。
ばっちゃんの親戚が生きていたこと。孫はまだ見つからないこと。親戚は軍人で、名前はハクロということ。
「ええ?! ハクロなの?!」
リリー姉ちゃんはひどく大げさに叫ぶと、あいたたた、と言って額を叩いた。
「知ってんの?」
「……私は知らないけど、お客さんでこいつの部下の人がいてね。彼がよく愚痴零してるわよ、出世のことしか考えてないって」
「苦労したのかな」
調査書によると、ハクロという人は両親を亡くしている上に、親戚がいる事も知らないのだ。天涯孤独。苦労したからこそ出世のみに何かを求めたりしているのかもしれない。
そうエドワードが同情的に考えていると、リリーはぷるぷると首を振る。
「そんな奴じゃない……と、思うけど」
まあハクロに会ったわけじゃないからわかんないけどね、と肩を竦めリリーは溜息を吐く。
エドワードはぐるりと自分を取り囲む女性達を見回して、言った。
「頼みがある。このハクロって男を調べてくれないかな」
彼女たちにしか出来ない調査方法。本当は頼まずになんとかしたかったが、探偵の意見だけでは弱い。
男達が閨の中でだけ零す本音。それが欲しかった。引き出せるのは彼女たちだけだ。
「……それは、なんの目的で?」
煙草を吹かしながら問いかけるアンナの眼光は鋭い。納得はしていないのであろうことは分かる。いくら実質仕切っているのがエドワードとはいえ、この楼閣の代表者はアンナなのだ。
「よさそうな奴なら、話をして経営権を譲る」
「―――いやよ!」
いつもは大人しく、ほとんど喋りもしないイーラ姉ちゃんが立ち上がる。他の女性達も同様のようで、エドワードはこの店に来て初めて、酷く怒りの籠もった瞳達に睨まれた。
「この店はエドで上手く廻ってるんじゃないの! どうして他の奴なんかが出てくるのよ!」
「……それは分かるけど、今のこの店はばあちゃんに跡取りがいないのをいいことに、俺達が経営権を掠め取ってるようなもんだ。裁判になったらまず確実に俺達の負けだ。今だって、外部の人間はこの店の権利書をばっちゃんが正当な手段でアンナに譲ったと思ってるか、もしくはうすうす感づいてるけど黙ってるだけで、ヘタしたら軍にたれ込まれるんだぞ?」
「……そしたら、エドだけじゃない。黙ってたってことで私らも同罪ね。店は解体されて、私たちはばらばらになる。一旦犯罪者になった女郎を雇う店なんてあるわけがない。あなたたち、帰る家はあるの?」
「…………」
アンナ姉ちゃんはさすがの貫禄でフォローをいれた。
みんなが一斉に黙り込む。
みんな、分かってはいるのだ。
今の状況は歪であり、いつまでも続けて行けはしないのだと。
そしてこの店がなくなれば、自分達はどこにも行く場所はないのだと。
ここの女郎達は、ほとんどが売られた女性だ。
この店に限らず他の店もそうだろう。そんな女郎が、店がなくなったと実家に帰ったところで、他の店で働けと追い返されるだけ。
ばっちゃんがいる時はよかった。やましいことも、法律違反もなくどうどうと働いていられた。
店の仲間はみな優しい。誰もが酷い過去を持っているが故に、この店の人たちはみな、同じ傷を負った家族のようなものだったのだ。
「……いやよ、私、ここにいたい」
「……私も。仕事は時々辛いけど、でもここにいたら一人じゃないもの。ここ以外に居場所なんて……」
「ハクロなんか、私たちの苦労も何も知らない軍人じゃないの。そんな奴が経営なんかしたって上手くいくわけないわよ」
「ここにいさせてよぉ……」
口々に波紋のように皆の嗚咽が広がっていって、エドワードは中央に立ちつくして途方に暮れた。
さながら部屋は鳴き声の展覧会だ。宥めようにも誰から手をつけていいかわからない。
―――どうしよう、泣かせるつもりじゃなかったのに。
女性を慰める術はあるが、人数が多すぎる。
「エド、あんたこの年で女泣かせすぎだよ」
アンナ一人がくっくっと余裕の笑いを浮かべながらこちらを見ていて、ちょっとむっとする。
「わかってんなら助けろよアンナ姉ちゃん」
「あんたがその次言わないから悪いんだよ。ハクロがよさそうな奴なら経営権譲るんだよね。悪そうな奴ならどうするんだ」
「そんなの、なかったことにするだけだ。探偵に俺は何も頼まなかった。俺は何も知らなかった。みんな何もしらない。ハクロなんて聞いたことない。終わり」
報告書はお湯を沸かす火種にでもするだろう。
「俺が大切なのはこの店が楽しく平和に続いていく日を一日でも長く続けることであって、法律違反を正すことじゃねえもん」
「――だってさ、みんな」
ぴたり、と部屋中の啜り泣きが一瞬にして止まった。
「なんでそれ早く言わないのよ!!」
「そうよ! そういうことなら話は別よ!」
「びっくりさせないでよ!」
今度は一斉に怒号が飛んでくる。
さっき泣いた烏が今度は怒った。今度はがあがあと一斉に泣きわめく。そのあまりの迫力に後じさりそうになったが、周囲を囲まれていて逃げ場もない。
おろおろと狼狽えながら、ええ? 俺が悪いの? と呟けば、エドが悪い! と大合唱で肯定される。
みんなにもみくちゃにされる俺を見て、アンナ姉ちゃんだけが面白そうに笑っていた。
やっぱり女の人ってよくわからない。
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(終わり)
