53(連載中)
ハボックは探偵だ。
数年前から、ピナコばっちゃんの孫娘を捜すように頼んでいる優秀な探偵。
それ以外にもいろいろと世話になっていて……実はけっこう感謝している。
少なくとも、俺が今もこうして壊れずにいられるのは、彼のおかげだと思っていたりもするのだ。
「いつもなら、店に呼び出すのに。何で喫茶店? しかも軍部の前とか」
「……すぐに分かるよ」
その問いには答えず、エドワードは黙って珈琲を飲むと、ハボックの分も注文する。
人のいい探偵は首を傾げてはいたが、まあいいか、と肩を竦めた。
「残念だけど、孫娘は未だ見つかってない。申し訳ないけど」
「知ってる」
会話が途切れたのを誤魔化すように、ハボックは謝罪してくる。
孫娘が見つかっていないのは分かっている。見つかっていたら、彼はすぐに連絡してくるだろう。
「それなんだけどさ。俺が依頼してからもう三年だよな。未だに見つからないけど」
「ああ。コレでも俺なりには頑張ってるんだけど、なんだかいっこうに手がかりがなくてな」
腕を組んで、ハボックは唸る。俺にその件で呼び出されたと思ったらしい。
「――なんで、三年経っても見つからないんだ?」
「だから、悪いとは思って……」
「どうして、ただの一般人の子供が、ハボックさんの捜査網に引っかからずに、未だに見つからないでいられる?」
「……」
ハボックは叱責されるのではないと悟ったらしい。はっ、と表情を変える。
「おかしいんだよ。三年も見つからないなんて。相手はただの一般人だ、隠そうとしているか、変なところにいない限りは、何らかの情報網に上がってくるはずなんだから」
「……それは……たしかに」
「だいたい、調べてるのはハボックさんだけじゃない。俺もだ」
店に立つようになってから、エドワードに入ってくる情報量は格段に増えた。嫌な仕事をさせられるのだから、見返りくらいは貰わないとやっていられない。客から仕入れた様々な情報を、欲しがって俺を買う奴だっている。アイザックみたいな。
探偵のハボックとは違うルートで、俺が仕入れる情報量もかなりな物だと、自分でも思っている。
――だから、そう、おかしいのだ。
何故見つからない?
孫娘と別れた日にちも分かっている。どこにいったにしても、痕跡は残る。多分ハボックは見つけ出す。そう言い切れるほどにこの探偵は優秀だ。そして、俺の耳にも入ってこない。
「考えられるのは、死んだか、目の届かないところにいるか、どっちかしかない」
「……まさか、死んだって言いたいのか?」
そうなれば、エドワードの希望は全部消える。分かってるのか、とハボックは言いたそうにしている。
エドワードはコーヒーカップをソーサーに戻して、首を横に振った。
「死んでないよ。生きてる。――その確証だけは、手に入れた」
「なんでそんな」
ハボックは狼狽えている。そこまで言い切れる理由が分からないのだろう。
「俺が調べたからだよ。少女は、生きている」
後ろの席にいた男が立ち上がる。
慌てて振り返ったハボックの横を通り過ぎ、茶髪の男は俺の横に座った。
「な……!」
帽子を被り、コートの襟を立てた男は、ぱっと見顔が分からない。
だけど、人間観察に長けているハボックには、自分の向かいに座った青年の顔を、一瞬にして理解したらしい。
わなわなと震えながら、指さして、口をぱくぱくと開けた。
「あ、アイザック・バートン!? アイザック社の社長の?!」
「声がでかいよハボックさん」
「だ、だって……!」
今をときめく大企業の若き天才社長。
普通ならこんな喫茶店でふらふらしている人間ではない。いつも護衛に囲まれ、本社ビルの最上階にいる男だ。
それが俺みたいな、一般人と一緒に喫茶店にいるなんて、たしかにありえないのだ。普通なら。
「ちょっとエドには借りがあってね」
言って、アイザックはウインクする。
「……」
そんなアイザックを見て、ハボックはがっくりと肩を落とした。
「なるほど。だから店では話せないわけか……」
「まあ、俺はエドの客だから別に店でもいいんだけど、邪魔入るかもしれないし」
アイザックは豪快に笑う。ハボックはぶるぶると首を横に振った。
「ハクロのおっさん達に聞かれたくない話なんだろ? でも、エドおまえ……アイザック社長まで……」
なんだか微妙な視線で見つめられたが、勘違いされている気がする。
「残念ながら君が期待するような関係じゃないよ。俺、もともと遊郭とか興味ないし」
「え? じゃあなんで」
意外そうなハボックにアイザックはきょとんとしながら人を指さした。
「こいつの脳味噌借りれるなら、三百センズでも安いくらいじゃないか? 他の奴らがどう考えてるか知らないけど」
「え、じゃあ、エドもしかして」
ハボックがほっとした表情でこちらを見る。
「使ってないよ」
「――ああ、そうか。だったら、信用できそうだな」
ハボックは、そこで始めて表情を和らげた。
それは、この疑り深い探偵が、目の前の男を信じた瞬間だった。
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(終わり)
