5(連載中)
大佐はうるさい。
一生懸命切々と、私にだって抱きついてくれ、と訴え続ける。
なんなんだ。
普段はいつも皮肉ばっかり言うくせに。
どうみてもこれは。
…拗ねてる大人だ。
ずるい、といいやがった。
いい年扱いた大人が、ずるい、だって。
大佐になんかすり寄ったら十年は馬鹿にされそうだと思ったから、絶対言わずにおいたのに、まさかあそこまで必死に演説されるとは思わなかった。
だから。
そんなに言うなら、やってみようと、演説中の男の側に近寄った。
抱きついてみると、あれだけうるさかった男の演説が突然止まった。
それどころか、一瞬にして硬直した身体になんだいったい、とは思ったが、予定通り頬をすり寄せてみる。
うわあ、大佐に擦り寄ってるよ俺。
ハボックだったらここでよしよし、と言ってくれるし、そうされると胸がじんわりと温かくなる。
大佐の腕が三つ編みの下を通って、背中に廻されたのが分かった。
言っただけあって、本当に馬鹿にする気はないらしい。
だったら、いつもハボックにやっているようにやってみようと、ぎゅう、と服に皺をつけるほどにしがみついた。
「んー」
意味のない声を上げれば、耳元で囁く声がする。
「鋼の」
「ん?」
呼ばれれば、なにかと声を返すけれども、大佐は返答を求めているわけではないらしい。
「鋼の…」
噛みしめるみたいに呼ばれて、そちらに意識が向かってしまう。
大佐の胸に頬ずりしたまま、ぱちりと目を開けた。
背中に当たっている大佐の掌が、ぎゅう、とコートを握り締める。こちらが皺にするくらい掴めば、それは大佐も同じだった。
自分の腕と、大佐の腕が触れあう感触に、心臓が呑まれる。
そういえば、こんなことを大佐とするなんて、考えてもなかったな――――――
男の周囲を覆っている雰囲気はいつも堅苦しく、緊張感に満ちていて、とてもではないが手を伸ばせる空気ではない。
ハボックやブレダみたいに笑って近寄ってきてくれれば、こちらも警戒を解いて寄っていけるが、大佐の場合、笑って近寄るより皮肉を言いながら頭を叩くときの方が圧倒的に多い。
優しい視線より、馬鹿にした笑いばっかりだったから、まさか、すりよるなんて考えるはずないだろう。
(…あったかい)
きちんと、人の体温なんだ、大佐も。
この男も、こうしてエドワードを黙って抱きしめ返す腕を持っているのだ。普段使わないだけで。
目を閉じると、大佐の心臓の音が思いの外早いのに呆れ果てる。
大佐って。
いつも冷静ぶっているけど、ひょっとして単に、…ポーカーフェイスなだけなのか?
「…………?」
伝わる熱の感触が好きで、心臓の音が好きで。
大好きなアルフォンスと抱きしめ合って眠るような錯覚を覚えたくて。それで。
後頭部を撫でられる。いつもの大佐からは考えられないその優しい仕草になんだかむずむずしてきた。
「…っ!」
頭皮にさわさわと大佐の爪が這う。思わず背中に鳥肌が立った。
「う…」
愛おしむ指は止まらず、そのまま三つ編みをばらされた。気がつけば、髪は解かれて、それでも大佐はやんわりと髪の間に指を通すと、撫で上げ、項を触る。
…なんか。
とくとくと、胸が躍る。
頬がだんだんと熱くなってきて、意識が弱々しく、思考を縺れさせてきた。
「鋼の」
「………」
この、声。
ぞくぞくぞくと電流が跳ね上がる。思わず肩が震えた。
(いやだ、…なんか)
なんか、変。
心の臓の音がうるさくて、喉に詰まる感触がする。吐息が乱れて、熱が起きる。大佐はただ、背中を撫でているだけなのに。
ハボックは、こんな切なそうな声で呼ばなかった。
兄のように、よしよしと頭を撫でてくれて、それで自分は安心して、胸に身体を預ければよかった。
だけど、大佐は、なんか違う。
透明な水の中から、一匹の金魚を壊さないように拾う、そんな声色で、態度で。
いつもと、全然違う。
(反則、だろ…)
なんなんだ、なんでこんな、俺。精密な機械みたいに、赤ん坊みたいに、大切な宝玉みたいに触れられてるわけ。
おかげで、心臓はさっきから早鐘打ちっ放しだし、足はなんだか力が入らなくなってきたし。
ふう、と大佐の吐息が耳にかかった。
その瞬間に首筋に大佐の掌が当たって、呼吸が止まる。
「…っ!」
「ああ、すまん、冷たかったか?」
思わず竦み上がった肩に、大佐がそっと手を離す。さっきから背中を何度も駆け上がる得体の知れない感覚。
(…なんか、無性に)
恥ずかしい。
ハボックとは違う大佐の手の動き。嫌な訳じゃ、けして嫌な訳じゃないんだけど。
「鋼の…」
男の頬が、耳に触れた。瞬間、大量の熱がそこから吹き出す。高熱を発した頭が、ぐつぐつ沸騰して、水が吹きこぼれた。
「っ、や…」
――――――駄目だ。
窒息する。息が出来ない。
(終わり)
